みずおのアレコレ話

健康と歴史の本の読書が好きです。仕事の合い間に小説も執筆中です。完成が楽しみです!

豊臣秀吉

本能寺の変の後、なぜ秀吉は滅亡しなかったのか?

本能寺で織田信長が横死した後、羽柴秀吉は瞬く間に天下人まで駆け上がった印象を受けます。 でも、「本能寺の変」直後の状況をみると、秀吉が滅亡しなかったのが不思議なくらいです。 本能寺の変の知らせを聞いたとき、秀吉は備中(岡山県西部)で毛利の大…

織田信長は、宣伝マンだった!

戦国時代に広告代理店はありませんが、戦国大名は誰でも宣伝マンのような仕事に熱心でした。 ある意味、兵の数よりも重要だったのです。 兵の数が少なくても、宣伝(情報戦)が上手ければ、兵をより多く集めることができ、戦に勝利できます。 逆に、宣伝が下…

なぜ、江戸幕府は鎖国をしたのか(・・?)

江戸時代、江戸幕府は、オランダを除いて西洋の国々と鎖国をしました。長崎に出島を設置して、そこでオランダだけと貿易を行ったのです。 東アジアでは、琉球(沖縄)と対馬藩をとおして、明(中国)、李氏朝鮮(朝鮮半島)と貿易を続けていました。 でも、…

秀吉は信長を「気配り」でコントロールした(^◇^)

家臣にとって、生殺与奪の力を持った権力者ほど恐ろしいものはありません。虎と一緒にいるようなものです。 「狡兎死して走狗烹らる」は、古代中国・越の范蠡(はんれい)が残した言葉です。 兎(うさぎ)がいなくなれば、猟犬も必要がなくなるので、猟犬は…

転職の苦い経験を生かした豊臣秀吉(*´д`)??

もし、日本一の転職成功者を選ぶとしたら、誰でしょうか?とくに基準があるわけではないので、とても難しいです。 でも、戦国時代は、豊臣秀吉が日本一の転職成功者、と言っても過言ではないでしょう。 なにしろ農民から天下人になったのですから、まぎれも…

秀吉は、信長のマネが一番うまかった?

戦国武将ランキングで昔は織田信長より、はるか上位にあった豊臣秀吉でしたが、現在では常に信長の下位にあるようです。 それは当然かもしれません。なぜならば、秀吉は信長の家臣でもあり弟子でもあったからです。 天下はとりましたが、師の信長を越えるよ…